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■菓子屋横町
川越の蔵造りの町並から裏通りに入ると、昔懐かしい駄菓子を扱うお店や、名物芋きんつばの実演販売をするお店などが並ぶ「菓子屋横町」があります。
「昔風」のものを再現するテーマパークも多い中、ここは昔の横町がそのまま残されたような場所。昭和初期には70余軒が軒を連ねたとありますが、今でも規模は小さいながらかなりの賑わいを見せています。日暮里にも同じ様な駄菓子屋横町がありますが、川越の方が店の数的に多いかな、という印象です。
軒先では、昔懐かしい駄菓子が廉価で並んでいるのは当然として、ベーゴマ、輪ゴム銃、銀杏細工の人形などのおもちゃがまた郷愁を感じさせます。横町を歩きながら、芋菓子、みたらし、せんべいなどに舌鼓を打つのもまた一興。
『菓子屋横町は、明治の始め鈴木藤左右衛門がこの地に住んで、江戸っ子好みの気取らない駄菓子を製造したのが始まりといわれ、江戸時代には、養寿院の門前町として栄えたところである。』
『明治の後半からは「のれん分け」により、店の数も次第に増え、大正時代に入ってからは、菓子問屋の多かった東京の神田、浅草、錦糸町などが大正十二年の大震災で消失してしまった影響を受けて、川越の菓子製造業がより盛んになっていった。 』
『この横町の最盛期は昭和の初期で、七〇余店が軒を連ねチソパン・千歳飴・金太郎飴・麦落雁・水ようかん・花林糖など数十種類の菓子が製造されていた。 』
『しかしながら、庶民の菓子として親しまれていた駄菓子も、時代とともに移り変わる嗜好の変化によって、昔の活況が見られなくなり、現在では十余軒が手作りの生菓子や飴菓子を作っている。最近は駄菓子の良さが見直されてきているため、今後の発展が期待されている。』
(以上、立て看板より)
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