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■世界一の木造歩道橋 蓬莱橋(ほうらいばし)
さて、今回この蓬莱橋を再訪したのは、某所の掲示板で”彦右衛門”さんという方の書込を拝見したからなんですが、許諾を得てここに転載させて頂きます。ちなみに文中にもありますが、彦右衛門さんは現在「蓬莱橋周辺整備協議会」の会長職を勤められているとの事!
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私の家から川上6`に蓬莱橋が架かっている。木造の歩道橋で長さは897,4メートル、未だ橋銭50円を頂いている。 明治維新によって川越制度が崩壊して、島田金谷両宿の川越人足全てが失職してしまった。この当時、徳川将軍慶喜は駿府で謹慎、家臣の多くが町にあふれた。勝海舟、山岡鉄舟の計らいで、大井川西の台地牧の原の開拓を行い茶の栽培をして今日の牧の原茶産地の礎を作った。これに呼応して彼の川越人足達も牧の原一角の谷口原へ入植した。大井川を越して、開拓地へ辿るのは大変なことであり、嘆願の末、明治12年架橋することができた。名にしおう大井川の急流に曝されながら幾度となく落橋に苦しめられながら今に至っている。これまで農水省が農道として管理していたが、既に農道の役割は終わり交通の要路からはずれ、近くの下流に橋が架けられて農道の役割は終わり、歴史の証としてのみ観光客でにぎわっている。 今両岸の広範囲の町内会、初倉商工会、島田市市会議員を中心として、蓬莱橋周辺整備協議会が設けられて現在私が会長職を担当している。事業としては、清掃活動、パンフレットの作成などしてPRに努めているが、現今公共財政が厳しく、木橋部材が腐食するため、取替の資金がままならない状態である。先年木造歩道橋としてギネスブックに世界最長と認定され、優美な姿に見る人たちを感動させる蓬莱橋を永く後世に残す智慧を皆で考えて頂きたいと私は望んでいる。 (by 彦右衛門) |
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 |  |  |  |  | 初倉側から蓬莱橋へ 日本一の大茶園を形成する牧之原大地を要する初倉地区。茶畑を抜け細い山道に分け入ると林の向こうに蓬莱橋が見える。
|  |  | 「千と千尋の神隠し」みたい? 映画に出てきた「トンネル」こそないが、車一台がやっと通れる道を行くといきなり右のような石像が!(実態は七福神^^) | |  | ひっそりしたムードの初倉側 北側の宝来町に比べて、初倉側の袂は、人通りも少なくひっそりムード。料金所もコチラ側には無い。 | |
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左は初倉地区・牧之原大地に広がる日本一の大茶園。茶畑を抜け細い林道を蛇行し川岸へ。何故か初倉側からは蓬莱橋への案内看板が見当たらず地図をみながら道を探す。右は蓬莱橋の袂、小高い場所にある「愛和の鐘」。一つ鳴らしてあなたに愛を・・、とあった。
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これは、上の地図(立看板を撮影したもの)に記した、新佳堂菓子舗のみそだんご。みその風味と白あんの取り合わせが意外だったが、非常においしかった。表面は乾いていて適度に柔らかく、べたべたしない。1コ50円。
道をはさんではす向かいに八木和洋菓子店というのもある。残念ながら日曜は定休だった。
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上の菓子屋から300m程南に下った右手にひっそりたたずむ「藪蕎麦宮本」。現地の方に教えられ訪れたのだが、超一級の蕎麦を食すことが出来る。月見そば1400円。ざるそば800円(追加盛り一枚600円)。店内は残念ながら撮影禁止だが、古時計のかかる上がり座敷は雰囲気も抜群。加えて蕎麦を噛みしめた時の絶妙な歯触り。「これが蕎麦だったのか!」と開眼させられる。東京からかけつける通の客も多いようだ。ここだけを目的にまた再訪したいと思わせる店。(火曜定休。11:30〜16:00。0547-38-2533。島田市船木253-7)
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今回の静岡行きのきっかけを与えて下さった、彦右衛門さんのお宅(堀本古文書館)。旧来この地の庄屋をされていた旧家で、川越の御法度に関するものなど多くの古文書類が残る。藤沢に菩提寺を持つ遊行上人にまつわる逸話等を古文書をひもときながら特別に聞かせて頂く事が出来た。この場を借りて御礼申し上げます。
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